ケニアに恋して

お葬式

先週、ナイロビから帰ったその日の朝にアンのおばさんのマリーが亡くなりました。


死因は脳髄膜炎。

でも、その背景にはHIVがあります。


マリーは、うちの病院に入院していた患者さんでもありました。

アンと一緒にお見舞いに行った事もあるし、仕事で病棟に行く時はちょくちょく顔を出して声をかけたりしていました。

私が一人で会いに行くと、

「今日はナセリアン(アン)は一緒じゃないんだね。」

「うん、今の時間はお店で働いてると思うよ。調子どう?」

「ああ、大丈夫だよ。」

「お薬を飲めば、きっとそのうち良くなるよ。」


なんて会話をしていたのに。

マリーはデフォルターでした。

元々ARTを始めていたのに、どういう理由かお薬を飲まなくなってしまったのです。
もしかしたらほとんど飲んでいなかったのかも。

マサイの中には病院のお薬を嫌って拒む人はたくさんいます。

入院してきた時にはすでにボロボロの状態で、やせ細ってかなり年老いて見えました。


CCCのカウンセラーと週に何回か病棟に行って様子を見ながら、お薬の事を説明して、今度こそ続けられるようにってちゃんと理解してもらおうと話し合っていたんです。

それがうまく行けばきっと元気になるだろうって信じてた。


なのに、あっけなく逝ってしまいました。
アンから聞いて、なんだか力が抜けてしまったよ。


マリーの葬儀が今日だったので、職場にはお休みしますと伝えて参列する事に。


午前中、病院の裏にある遺体安置所に集まって、棺に納められたマリーの顔を見ました。

意外なくらい穏やかな顔をしていて、でもそこにはもう魂はないんだっていう冷たさが伝わってきて悲しくなった。

そこから人が集まるのを待って(そこはケニアなのでやっぱりかなり時間オーバーしてたけど)、車で埋葬する場所まで行きます。

車のサイドミラーやアンテナには、葬儀に向かっているという合図らしい赤いリボンを結びつけて。


ギュウギュウ詰めの車に揺られて到着。

泥でできた小屋(マニャタ)と小さな畑があってあとは藪、というような場所。

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周囲には、まだへその緒も取れてないような小さな赤ちゃんヤギ。

たくさんの人が集まり、中心に棺が置かれ、葬儀が始まりました。
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通訳の人がついて、スワヒリ語とマサイ語の同時進行です。

家族や友人のスピーチ、神父様の話、全員で合唱。


その後埋葬。

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ケニア人は感情表現が豊かで、こんな時も抑えることがない。

棺を埋める時も激しく泣き叫ぶ人、悲しみのあまり気を失って運ばれていく人がたくさん。

私も泣いてるアンの肩を抱きながら悲しかった。
数えるくらいしか話した事ないけど、やっぱりいつだってお別れは悲しい。


【余談】
ケニアではほとんど土葬だそうです。

今回だけでなくケニアでよく、

「日本では、死んだ人の体はどうするの?」

という質問を受けます。

火葬だと答えると、大抵その後、

「焼いた灰は川とか海に流すんでしょ?」

と言われます。

どうやらインド(ヒンズー教?)のイメージと被っているみたい。




マリーのお墓は、景色のいい丘の上。

苦しい事もあっただろうけど、ここでどうか安らかに。




HIVだけが特別な病気じゃない。

どんな病気でも、事故だとしても、「死」の前にはどの人も平等。

残された人の悲しみも。


ただ、HIVの現状がもっと違えば、マリーは死ななくても済んだんじゃないかって思ってしまう。

スティグマを減らす事ができていたら、もっと正しい知識を広める事が出来ていたら。

まだ若かったマリーも、ちゃんとお薬で治療をできていたんじゃないかな。


今となってはマリーがどう考え、何を想っていたのかは分からないのだけれど。

私がケニアでやっている事、これからやる事が、少しでも役に立てばいいな。
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by chura-harufu | 2010-06-30 04:10 | HIV/AIDS
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青年海外協力隊(エイズ対策)としてケニアでの生活をお伝えします
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